第31回 2000年5月 平安女流文学と絵に見る平安の世界

 

展示にあたって

 西暦二千年を迎えた今年、ミレニアムを一つの節目として、本学付属図書館においても千年前の平安の世を振り返り、女流文学を中心に平安貴族の雅な生活の様子が忍ばれる絵巻や挿絵もあわせて展示を企画した。

 近年女性達の社会進出が著しい中で、千年前の女性達は男性中心の社会の中でどのように自らを表現しようとしていたのか?ひたむきな想いと溢れ出る情熱をもって恋愛小説や日記・歌を綴った女流作家・歌人にスポットを当て、更に彼女達を取り巻いていた艶めかしくも絢爛豪華な宮廷生活も垣間見てみることにした。

 今回の展示品の中にある「栄華物語」の奈良絵本は艶やかな色彩、見返しに金箔を使用した豪華な意匠仕立てとなっている。江戸中期に書写された物だが物語の情景が鮮烈に蘇ってくる逸品である。その中から特に当時の華やかな貴族社会を色濃く描き出している箇所を選んで展示してみた。

 今一度、彼女達の翔けた古の世界に思いを馳せていただければ幸いである。

 

女流文学

源氏物語

  作者は紫式部(九七〇頃〜一〇一五頃)、成立は一〇〇四〜一〇一一年
 頃で別称「光源氏物語」「紫の物語」などと呼ばれている。五十四巻からな
 り、前半は光源氏を主人公として京都を中心に華やかで多様な恋愛生活が
 描かれ、後半は薫大将と匂宮を主人公として京都の南宇治を舞台に恋と宗
 教の物語が展開する内容である。

一、源氏物語 室町末期写 五十四巻二十冊 桃6−11
  紫式部著 袋綴 ニニ・七×一五・九糎 

ニ、源氏物語 江戸初期写 五十五巻五十五冊 桃6−16
  紫式部著 袋綴 ニニ・九×一六・九糎
  本書には「南葵文庫」の印があり、紀州徳川家(和歌山)が代々、文庫
  に多くの書籍を蔵書として残したが、その一部だったことがわかる。

三、光源氏物語 江戸初期写 五十四巻五十四冊 桃6−18
  紫式部著 胡蝶装 十七・ニ×一八・ニ糎 
  本書には「阿波國文庫」の印があり、蜂須賀氏(徳島藩)の旧蔵本の一
  部だったことがわかる。

狹衣物語

  作者は大弐三位(紫式部娘 一〇〇〇頃〜一〇八ニ頃)などの説がある
 が不明。一〇八〇年前後の成立。狹衣大将の苦悶の多い恋愛生活を中心に
 描かれている。物語の筋、人物、文章も多く源氏物語の影響を受けている。

四、狹衣 寛政十一年刊 五巻五冊 桃11−16
  袋綴 ニニ・三×一五・七糎
  本書の刊記には、承応版を寛政十一年(一七九九)にさらに刊行したこ
  とが記されてある。

五、さころも 承応三年写 四冊 桃11−14
  袋綴 ニ七・ニ×一九・ニ糎
  本書の奥書には、文禄ニ年(一五九三)に書写された本を、さらに承応
  三年(一六五四)に書写したことが記されてある。

濱松中納言物語

  作者は菅原孝標の娘(一〇〇八頃〜?)と伝えられている。一〇五三年
 頃の成立。恋物語でありながら、唐・大和にわたる大掛かりな規模、音楽、
 天空の声、夢の告などめまぐるしく場面が展開される。この作品も多く源
 氏物語の影響を受けている。

六、濱松中納言物語 文化十年写 四巻四冊 桃11−29
  袋綴 ニ六・六×一八・四糎
  本書の奥書には、文化十年(一八一三)に書写されたことが記されてい
  る。又、黒川真頼・真道の蔵書印があり、国学上に貢献した黒川文庫(国
  学者、黒川春村、真頼、真道の三代による学術文献を収集)の旧蔵本の
  一部だったことがわかる。

堤中納言物語

  作者・成立年も不明であるが、平安末期の作とされている。十の短編小
 説集で、伊勢物語や源氏物語の影響を受け、恋愛を主題とするものが多い。
 「逢坂越えぬ権中納言」のみ、小式部内侍(九九八頃〜一〇二五)の作と
 されている。

七、堤中納言 江戸初期写 十冊 桃11−40
  袋綴 二七・三×十九・九糎

八、堤中納言 江戸初期写 二冊 桃11−42
  袋綴 二七・一×二十・一糎

  展示資料の二本の堤中納言物語は、蔵書印から肥前島原候松平忠房旧蔵
  本、姫路侯榊原忠次旧蔵本であることがわかる。両人は親密であった事
  がうかがわれ、この二本は同じ祖本をもとに書写された兄弟関係である
  ことが想定できる。二本がそろって東海大学に所蔵しており、非常に興
  味深いものがある。

栄花物語

  正編は一〇三〇年頃、続編は一〇九二年頃成立。正編の作者は赤染衛門
 (九六〇頃〜一〇四一頃)、続編が出羽弁(一〇〇〇頃〜?)とされている
 が未詳。宇多天皇(八六七〜九三一)から堀河天皇の寛治六年(一〇九二)
 までの約二百年間の宮廷を中心とする貴族社会の歴史を、編年体で物語風
 に記されている。特に藤原道長の全盛をたたえることが中心で華やかな宮
 廷生活が記されている。

九、栄花物語 文化三年写 四十一巻二十一冊 桃14−3
  袋綴 二十・三×十二・八糎
  本書の奥書には、文化三年(一八〇六)に書写されたことが記されてい
 る。

十、栄花物語  江戸中期頃刊 九巻九冊 桃14−4
  袋綴 二七・二×十九・二糎

枕草子

  清少納言(九六六頃〜?)の作で、九九五年〜一〇〇一年の間に成った
 と考えられている。内容は作者が実際に経験し、行動した事実を具体的に
 記述。作者とその時代、特に宮廷の実態などが描写されている。

十一、枕草子 江戸初期写 一冊 桃18−10
   清少納言著 中村久越筆 袋綴 ニ八・一×二〇・ニ糎
   本書は加賀藩三代の主、微妙公に元和頃に仕えた、中村久越という人
   物の自筆写本である。

十二、清少納言枕そうし 江戸初期写 ニ巻一冊 桃18−25
   清少納言著 袋綴 ニ六・三×一八・九糎
   奥書によると寛文九年(一六六九)に書写されたことが記されている。

蜻蛉日記

  藤原道綱の母(九三六頃〜九九五)の作。上巻の執筆は九七〇年頃、下
 巻は九七二年頃に書き次いだと考えられる。藤原兼家との間に一子道綱を
 生むまでの恋愛の経緯、そして苦悩に満ちた王朝女性の生活体験から、子、
 道綱への母性愛のみに生きていく推移が描かれている。

十三、蜻蛉日記 江戸中期写 三巻一冊 桃23−1
   藤原道綱母著 袋綴 十五×ニ一・五糎
   本書の奥書によると、元禄十年刊本をもとに、宝暦六年(一七五六)
   に再刻された資料をさらに校訂を加え、書写されたことがわかる。

十四、蜻蛉日記 江戸中期頃刊 五冊 桃23−6
   藤原道綱母著 袋綴 ニ六・ニ×一七・六糎
   蔵書印は阿波國文庫(前出)があり、契沖(一六〇四〜一七〇一 国
   学者であり、特に、万葉集研究に業績がある。)の自筆の書込みがある
   ことが記されている。

和泉式部日記

  古くから和泉式部(九七五頃〜一〇二五頃)の作と言われたが、近年他
 作者説も多い。成立も不明だが、一〇〇八年頃とする説が多い。(帥宮)
 敦道親王との恋愛を第三者的に物語風に記したもの。

十五、和泉式部物語 江戸初期写 一冊 桃23−19
   袋綴 ニ七・三×二〇糎 
   本書は、尚舎源忠房の蔵書印をもつ江戸初期に書写されたものである。
   

十六、和泉式部物語 江戸後期写 一冊 桃23−23
   袋綴 ニ六・九×一七・七糎 
   本書には清水浜臣蔵書の蔵書印があり、浜臣(一七七六〜一八二四
   国学者。歌人でもあり、医者として不忍池のほとりに住んでいた)の
   旧蔵本であったことがわかる。

紫式部日記

  紫式部の作で、一〇一〇年頃成立。紫式部が一条天皇の中宮彰子に仕え
 ていた折りの、宮廷生活の記録。彰子の出産場面など、華麗な宮廷行事が
 描かれている。

十七、紫式部日記 江戸中期写 一冊 桃23−28
   紫式部著 袋綴 ニ三・九×一六・九糎
   本書の奥書から、伏見宮邦高親王(一四五六〜一五三二)自筆本の系
   統をひくものであることがわかる。

十八、紫式部日記繪巻 江戸後期刊 一冊 桃23−56
   袋綴 三〇・ニ×ニ一・一糎

更級日記

  菅原孝標の娘(一〇〇七頃〜?)の作。十三歳の九月、父の解任と共に
 上総を出発。京都に上る紀行にはじまり、京の生活、夢に描いた宮廷、恋
 愛など約四十年間にわたる女の一生を記したもの。

十九、さらしなの記 江戸後期写 一冊 桃23−83
   菅原孝標女著 袋綴 ニ六・九×一九・ニ糎
   奥書には、貞享元年(一六八四)子十一月二日 法橋永濃とある。

二十、更級日記 江戸後期写 一冊 桃23−84
   菅原孝標女著 袋綴 ニ八×二〇糎 

讃岐典侍日記

  藤原長子(一〇七九頃〜?)の作。一一一〇年頃成立。一一〇七年六月、
 堀河院の発病に筆をおこし、院の重態やそれに付随する雑事をつづり、七
 月の崩御、新天皇(鳥羽天皇)に奉仕したことなどが記されている。

二十一、讃岐典侍日記 文化二年写 二巻一冊 桃23−90
    藤原長子著 袋綴 ニ六・九×十八・一糎
    清水浜臣の奥書に「書生某をして書写せしめ了んぬ」とあり、文化
    二年(一八〇五)に書写されたことが分かる。

二十二、讃岐典侍日記 江戸後期刊 二巻一冊 桃23−91
    藤原長子著 袋綴 ニ六・三×一七・七糎
    本書は塙保己一(一七四六〜一八二一)が主となり編纂した「群書
    類従三百二十一」である。

私家集

二十三、小野小町家集 江戸後期刊 二巻ニ冊 桃29−4
    小野小町著 袋綴 ニニ・四×一五・六糎
    小町の生没年は不明(八五九年頃生存したか)。六歌仙、三十六歌仙
    の一人で情熱的な恋の歌が多い。古今集、後撰集に多くの歌を残し
    ている。小町家集には百十七首収められている。

二十四、伊勢集 江戸初期写 一冊 桃29−12
    藤原継蔭女著 胡蝶装 二〇×一五・四糎
    作者は大和守藤原継蔭の娘、中務の母で、八七七〜九三九年頃の歌
    人である。三十六歌仙の一人で伊勢集には四百八十五首収められて
    いる。

二十五、小馬命婦集 江戸中期写 一冊 桃29−29
    小馬命婦著 袋綴 ニ六・八×ニ○・ニ糎
    小馬命婦の生没年は未詳であるが、延長〜天元(九七八)の頃に活
    躍した歌人。小馬命婦集には六十三首収められている。

二十六、齋宮女御 江戸初期写 一冊 桃29−39
    徽子女王著 胡蝶装 ニ三・一×一六・ニ糎 
    作者の本名は徽子女王(九二九〜九八五)、三十六歌仙の一人で、和
    歌や琴・書にも長じていた。現存する伝本は、九十九首から二百六
    十五首と歌数や配列の相違によって四種に大別できる。

二十七、齋宮集 江戸初期写 一冊 桃29−40
    徽子女王著 胡蝶装 ニ四・ニ×一八・ニ糎

二十八、加茂保憲女集 江戸後期写 一冊 桃29−64
    加茂保憲女著 袋綴 ニ三・七×一七・一糎
    加茂保憲の娘(生没年未詳)の家集。現存する伝本は、二種に大別
    されるが、本書の奥書には歌数百十六首とあり、冒頭に長文の仮名
    文のある系統に属することが分かる。

二十九、馬内侍集 江戸初期写 一軸 桃29−67
    源時明女著 巻子本 ニ七・四×五米三・五糎
    作者は源時明の娘と言うが、養父説もある。天暦(九四七〜九五七)
    頃の生まれで、早くから斎宮女御に仕えた。同時代の紫式部・清少
    納言・和泉式部・赤染衛門らとともに才女とされている。歌数は二
    百九首からなる系統と、二首を欠く系統とに大別される。

三十、馬内侍集 江戸中期写 一冊 桃29−68
   源時明女著 袋綴 ニ七・六×二〇糎

三十一、清少納言家集 江戸中期写 一冊 桃29−73
    清少納言著 袋綴 ニ七×一九・六糎 
    清少納言の晩年の作品が中心である。現存する伝本は、短歌二十九
    首・連歌二句のものと、短歌四十二首のものとに大別できる。また、
    本書の蔵書印から、阿波國文庫(前出)の旧蔵本であることがわか
    る。

三十二、小大君集 江戸後期写 一冊 桃29−77
    小大君著 横山由清筆 袋綴 ニ三・七×一六・五糎
    小大君の生没年は未詳。平安中期の歌人で、三十六歌仙の一人。朝
    光との恋愛をはじめ、道兼・道信・為頼・高光・実方・公任ら当時
    の名流たちと幅広い交流をもっていた。最大歌数の百六十一首を収
    める伝本を含め、四種に大別できる。
   

三十三、紫式部家集 江戸後期写 一冊 桃29−84
    紫式部著 袋綴 ニニ・七×一六・四糎
    少女時代から宮仕えに至る前半歌群と中宮出仕後の後半歌群からな
    り、「紫式部日記」に記された以前の紫式部をみる重要な資料ともな
    っている。現存する最善本と伝えられる定家自筆本系の歌数は百二
    十六首である。

三十四、紫式部家集 江戸後期写 一冊 桃29−89
    紫式部著 袋綴 ニ五・八×一九・ニ糎

三十五、紫式部日記歌 江戸初期写 一冊 桃29−97
    紫式部著 胡蝶装 ニ一×一五・八糎 

三十六、和泉式部家集 寛政十一年写 二巻一冊 桃29−106
    和泉式部著 袋綴 ニ七・三×一九糎
    本書には、清水浜臣自ら所見を注記してあり、定家自筆本などを知
    る上で貴重な資料といえる。

三十七、和泉式部集 江戸後期写 一冊 桃29−111
    和泉式部著 袋綴 ニ七・三×一九・七糎

三十八、發心和歌集 江戸後期写 一冊 桃29−115
    選子内親王著 袋綴 ニ五・七×一八・八糎
    選子内親王(九六四〜一〇三五)は村上天皇の第十皇女。円融・花
    山・一条・三条・後一条の五代、五十七年にわたって賀茂斎院に奉
    仕した。その華やかな斎院の日常生活は五十五首を収める発心和歌
    集などにもうかがえる。

三十九、赤染衞門集 江戸後期写 四巻一冊 桃29−119
    赤染衞門著 袋綴 ニ七・七×一九・七糎
    赤染衛門(前出)は道長時代を中心とする後宮文化最盛期の代表的
    女流歌人として、息の長い作家活動を展開した。和泉式部・清少納
    言・伊勢大輔などとも交流をもった。伝本によって歌数が異なる。
    

四十、伊勢大輔集 江戸初期写 一冊 桃29−127
   伊勢大輔著 袋綴 ニ七・七×一九・七糎  
   伊勢大輔の生没年は未詳。紫式部・和泉式部・赤染衛門らと交友関
   係があった。宮中での著名な歌会に数多く出詠、勅撰集に五十二首
   入集している。展示資料は群書類従本に先行する貴重な資料である。

四十一、伊勢大輔集 鎌倉期写 一冊 桃29−130
    伊勢大輔著 胡蝶装 ニニ・四×一五・一糎
    展示資料、伝良経筆本は松浦伯爵家旧蔵本で、伊勢大輔集の伝本中
    現存最古の写本である。

四十二、伯母集 江戸中期写 一冊 桃29−142
    高階成順の女著 袋綴 ニ四・三×一六・五糎
    作者は、伊勢大輔を母として生まれ、神祗伯延信王の妻となり、康
    資王を生んだ人物。伯母(はくぼ)と呼ばれた。生没年は未詳。か
    なり高齢まで歌人として活躍、交流も活発であった。伯母集は康資
    王母集ともよばれ、百五十四首が収められている。

四十三、周防内侍集 江戸中期写 一冊 桃29−143
    平仲子著 袋綴(無綴)ニ三・八×一八糎
    本名は平仲子、生没年は未詳であるが、天仁元年(一一〇八)頃没
    したと考えられる。平安後期に活躍した女流歌人である。歌壇の中
    心人物とも交流が広く、歌会にもたびたび参加しており、勅撰集に
    三十五首入集している。展示資料は、藤原俊成の筆跡を忠実に模写
    したものと思われ、歌数は九十六首、本文を考える上での貴重な資
    料である。

四十四、一宮紀伊 江戸初期写 一冊 桃29−144
    平経方女著 胡蝶装 十六・七×十八・一糎
    一宮紀伊・紀伊君とも呼ばれている。生没年未詳。平安後期の女流
    歌人で後朱雀天皇の皇女祐子内親王家に仕えた。同家は当時の文壇
    の中心的存在であったが、紀伊はそこで女房として大半を過ごした
    ものと思われる。歌数は七十八首を収めている。

四十五、二條太皇太后宮大貳集 江戸中期写 一冊 桃29−148
    大弐著 袋綴 ニ六・七×二〇・三糎
    大弐の生没年は未詳だが、長承三年(一一三四)頃七〇歳前後で没
    したといわれる。歌数百九十七首をおさめている。

 

絵巻

 源氏物語繪巻 複製 十三枚 桃10−110
  大正九年 国華社 尾張徳川家本の複製

 源氏十二月繪巻 写本 一軸 桃10−115
  巻子本 三四・一×三米五〇糎

[源氏繪] 写本 一帖 桃10−120
  折本 三一・七×ニ四・五糎

[源氏扇繪] 写 二十四枚 桃10−117

[源氏物語繪巻] 写本 一軸 桃10−113
  巻子本 二二・一×一ニ米七七糎

 木版画 源氏物語五十四帖 刊 三十枚 桃10−137
  徳川黎明会本

 

 

 

[源氏物語繪] 複製 ニ帖 桃10−136

 源氏五十四帖 刊 十一枚 桃10−140
  明治二十五年 横山良八発行

[源氏物語繪] 刊本 一帖 桃10−114
  土佐光信古図 一登斎芳綱縮図 折本 一九×八・六糎

 

光源氏雙六 刊 一枚 桃10−158
   七三・一×五ニ・四糎

[源氏雙六] 刊 一枚 桃10−160
  抱玉勝直刻画 三六・六×五〇・三糎

 源氏かるた繪合 刊 一枚 桃10−165
  洗心斎綾岡画 三九・八×五四・四糎

 投扇興仕方 江戸後期刊 一帖 桃10−182
  折本 一五・一×七・八糎 

 古代模様 源氏貝盡 刊本 一冊 桃10−181
  袋綴 一ニ・一×一七・八糎

[百人一首カルタ] 江戸中期頃写 
  二〇〇枚共箱入 八×六糎[絵札は奈良絵]

 類聚雜要抄 刊本 四巻三冊 桃36−49
  袋綴 ニ六・三×一八糎 [群書類従四百七十]

 雲圖抄  刊本 ニ巻ニ冊 桃36−15
  袋綴 ニ五・八×一七・八糎 [群書類従八十二]

 裝束織紋圖 貞享四年写 三巻一冊 桃26−50
  袋綴 ニ六・ニ×一九・五糎

 裝束圖式 元禄五年刊 ニ巻ニ冊 桃36−46
  袋綴 ニニ・七×一五・七糎

 栄華物語 江戸中期写 四一冊 奈良絵本
  胡蝶装 ニ四×一七・三糎

                                                   

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