第三回 1982年5月 日本出版印刷文化史展

 

展示にあたって

 ここに展示した資料は、百万塔陀羅尼からはじまる日本出版印刷文化史の中で、本学が所蔵する代表的なものを選んだ。また参考までに、欧州での活版印刷創始者である、グーテンベルクの印刷物も併せて展示した。
この貴重な文化的遺産の展示が、印刷文化史考察の一助となれば幸いである。

昭和五十七年五月
                      

 

一 百万塔陀羅尼 

 

宝亀元年 (七七〇) 刊
用紙穀紙 5.9×42.3cm 三十一行 塔の高さ (上部8cm+下部13cm)  20.3cm 相輪陀
羅尼第一類 (弘文荘古版本目録−弘文荘待賈古書目録第四十五号)
百万塔陀羅尼

 印刷年が明らかなものの中では、世界最古の印刷物 (木版印刷か銅版刷かとの論争は、百年
以上になるが、結着がついていない) で、奈良時代の宝亀元年 (七七〇) につくられた。
 塔は、轆轤 (ろくろ) 細工でつくられ、三層の塔から成り、その上部は堀り抜かれ、その中
に「無垢浄光大陀羅尼経」が収められ、そのふたとして「九輪のぎぼし」が栓になっている。


 

二 摺仏 (二重連弁阿陀仏座像)

 

平安末期刊 二枚
楮紙 45×28cm
摺仏

 千体仏の摺仏は、死者の供養、病気平癒や国家安泰を祈願し、仏や菩薩などの図像を刷ったも
の。中国は唐時代から、日本では平安中期以降に流行したと言われている。
 ここに紹介した摺仏は、二重連弁阿陀仏座像である。


 

三 成唯識論 第七巻

 

文永頃 (一二七〇年頃) 刊 春日版 一冊
折本 布表紙 用紙楮紙 竪28.8cm 題簽中央



 

四 大般若波羅密多経  第四七五

 

応永十七年 (一四一〇) 春日版 一冊
折本 紙表紙 用紙楮紙 竪25.9cm 応永十七年卯月三日願主沙門性恵
春日版

仏教信仰は、写経の功徳を説くものが中心であるが、しだいに書写を行なう者が増し、
摺経へと転移していった。平安時代の後半から藤原氏の氏寺興福寺とその支配下の春日社で
「成唯識論 (じょうゆいしきろん) 」「因明正理門論」などが次々と開版された。これらの
出版物を春日版と呼んでいる。


 

五 貞観政要

 

慶長五年 (一六〇〇) 刊 古活字本 (伏見版) 十巻八冊
袋綴 紙表紙 用紙楮紙 30.6×20.6cm 四周双辺 毎半葉七行 外題左肩 板心に「貞観」
および巻・丁数 慶長五年
伏見版

 慶長四年 (一五九九) から、同一一年 (一六〇六) までの八年間に、徳川家康が京都伏見
において、木活字を用いて、僧元佶の監督の下に刊行させたもの。出版物は、「孔子家語」
「三略」「六韜」「貞観政要」「東鑑」「周易」「七書」等の八種八十冊に及ぶ。

 

六 むめがえ

 

慶長中 (一六〇〇年代) 刊 古活字本 (光悦本)
胡蝶装 紙表紙緑地に雲母刷飛び交う鶴の文様 用紙鳥の子 24×18cm 毎半葉七行
毎行十三字 字高18.9cm 十丁 題簽左肩 光悦本 謡曲百番の内



 

七 伊勢物語

 

慶長十三年 (一六〇三) 刊 古活字本 (嵯峨本) 二冊
袋綴 紙表紙 (灰色) 用紙雁皮紙五色変り 26.8×19cm 毎葉九行 毎行十八字 字高
22.5cm 題簽中央 絵入 「高木家蔵」印あり
第二種本 嵯峨本伊勢物語 (川瀬一馬氏「古版字版の研究」による)
嵯峨本

本阿弥光悦らが京都の嵯峨で出版した蒙華版の総称。慶長の後半期、国文学書ことに絵入本出
版の最初で、大部分は平仮名交り木活字印刷である。版下が光悦の自筆または、その門流による
ところから別名光悦本、また開版援助者の角倉素庵にちなんで角倉本とも呼ぶ。用紙に雲母を引
さ、料紙や色紙などを用いた美書である。

 

八 源氏小鏡

 

元和中刊 (一六一〇年代) 古活字本 三巻三冊
袋綴 紙表紙 (黄丹色) 用紙楮紙 18.8×27.9cm 毎半葉十二行 毎行約二十二字 字高
22.2cm 外題左肩 「宝玲文庫」「青谿書屋」印あり
十二行本口種 (川瀬一馬氏の「古活字版の研究」による)



 

九 天台三大部補注

 

寛永三年 (一六二六) 刊 古活字本 (本能寺版) 十四巻十四冊
袋綴 紙表紙 (探緋色) 用紙楮紙 28.5×19.4cm 四周単辺有界 毎半葉十六行 毎行十
九字 字高22.9cm 板心に「補注」および巻・丁数 寛永三年洛陽本能精舎板行 「春翠
文庫」印あり



 

一〇 観心略要集

 

寛永三年 (一六二六) 刊 古活字本 (叡山版)  一冊
源信著 袋綴 紙表紙 (紺紙) 用紙楮紙 28.1×20cm 四周単辺 毎半葉十行 毎行二
十字 字高22.6cm 四十九丁 外題左肩 板心に「略要集」および丁数 寛永丙寅林鐘吉
晨開板 「小汀氏蔵書」「をばま」印あり



 

一一 庭訓往来

 

元和五年 (一六一九) 刊 板本 一冊
袋綴 紙表紙 (紺紙) 用紙楮紙 28×16.3cm 毎半葉六行 六十二丁 題簽左肩 板心
に「庭訓」および丁数 元和五年伊藤新兵衛開板



 

一二 庭訓往来

 

寛永一六年 (一六三九) 刊 板本 二巻二冊
袋綴 紙表紙 (茶色) 用紙楮紙 27.5×18.8cm 四周単辺 毎半葉十行 毎行十八字 題
簽左肩 板心に「庭訓抄」および巻・丁数「アカキ」「赤木文庫」印あり



 

一三 順礼物語

 

寛永頃 (一六二〇年代) 坂本 三巻三冊
三五庵木算 (三浦浄心) 著 袋綴 紙表紙 (紺紙) 用紙楮紙 28×19.9cm 毎半葉十行
題簽左肩 板心に「順礼」および巻・丁数 「高木家蔵」印あり
注・別書名 三浦浄心諸国行脚物語 名所和歌物語



 

一四 沢庵和尚鎌倉記

 

万治二年 (一六五九) 刊 板本 二巻一冊
沢庵宗彭著 袋綴 紙表紙 (龍円文入紗綾文様) 用紙楮紙 25.5×18cm 四周単辺 毎
半葉十一行 題簽中央 板心に「鎌倉記」および丁数 絵入 万治二年林重右衛門開板
「アカキ」印あり



 

一五 見ぬ京物語

 

万治二年 (一六五九) 刊 板本 三巻三冊
袋綴 紙表紙 (黒紙) 用紙楮紙 26.3×17.4cm 毎半葉十一行 題簽および外題なし 板
心に巻数および丁数 絵入 「アカキ」「よこ山」「重」印あり
付箋云天理文庫、東洋文庫共に中欠



 

一六 むさしあぶみ

 

万治四年 (一六六一) 刊 板本 二巻二冊
浅井了意著 袋綴 紙表紙 (紺紙) 用紙楮紙 25.9×18.1cm 毎半葉十一行 題簽左肩
板心に書名および丁数 絵入 万治四年中村又兵衛 「霞亭文庫」「甘露堂蔵」「平井
文庫」「アカキ」印あり



 

一七 京雀跡追 

 

廷宝五年 (一六七七) 刊 板本 二巻二冊
袋綴 紙表紙 用紙楮紙 8.4×19cm (横長本) 四周単辺 毎半葉十九行 題簽左肩
(題簽には「絵入 京雀跡追」とあり) 板心に丁数 絵入 廷宝五丁巳仲春吉辰 清
水五郎左衛門 「アカキ」印あり (下巻には「重」印もあり)
注・刊記は別紙にて下巻巻末に補記



 

一八 江戸大絵図

 

延宝七年 (一六七九) 刊一枚
折畳 紙表紙 (縹色) 用紙楮紙 127×141cm (折りたたみ 26×17.8cm) 題簽中央 (題
簽には 「増補 江戸大絵図 絵入」 とあり) 絵入 廷宝七己末歳七月吉辰日 表紙屋
市良兵衛 「アカキ」印あり



 

一九 京師巡覧集

 

延宝七年 (一六七九) 刊 板本 一五巻一五冊
文愚 (六々堂石徴) 著 袋綴 紙表紙 (紺紙) 用紙楮紙 22.4×16cm 四周単辺 毎半
葉九行 題簽左肩 (題簽には「新刊京師巡覧集」とあり) 板心に「京」および巻・丁
数 延宝七年中村加兵衛刊 「高木家蔵」 「園林文庫」印あり



 

二〇 新編伊勢名所拾遺集

 

廷宝九年 (一六八一) 刊 板本 二巻四冊
竜貞玄 (尚舎) 著 袋綴 紙表紙 (褐色) 用紙楮紙 27.4×19.2cm 四周単辺 毎半葉十
行 題簽左肩 板心に「伊名」および巻・丁数 延宝九辛酉年仲秋吉日 中野宗左衛門
板行 「アカキ」印あり



 

二一 名所都鳥

 

元祿三年 (一六九〇) 刊 板本 六巻八冊
袋綴 紙表紙 (紺紙) 用紙楮紙 22.5×16.5cm 四周単辺 毎半葉十行 題簽中央 (題簽
には「類聚 名所都鳥」とあり) 板心に「都鳥」および巻・丁数 絵入 元祿第三庚
午歳春二月穀旦 吉田四郎右衛門



 

二二 絵本袖中 雛源氏

 

正徳頃 (一七一〇) 刊 板本
袋綴 紙表紙 用紙楮紙 11.2×8.2cm 四周双辺 二十七丁 題簽中央 板心に「けんじ」
および丁数 彩色絵入 丁子屋源治郎版
袖珍本 (しゅうちんぼん)

 江戸時代に、源氏物語を直接読むほどには知識のなかった庶民が、袖の中などに入れて気
軽に読んだもの。物語の各帖ごとに和歌をあてはめた要約版。

 

二三 源氏五十四帖絵尽

 

文化九年 (一八一二) 刊 板本 一冊
袋綴 紙表紙 (茶色) 用紙楮紙 8.8×6.3cm 四周単辺 五十八丁 題簽左肩 絵入
文化九壬申年和泉屋市兵衛梓



 

二四 五十四帖源氏発句雙六

 

江戸中葉刊 一枚
松高斉春亭画 用紙楮紙 46×66cm 外題右肩 絵入 馬喰町江崎屋板



 

二五 洛東清水寺奉額抜句上座 板木 (幕末頃)

 

城南瓶川追善



 

二六 絵入往来物板木

 

天保十三年(一八四二)
板木

 むかしは、彫板 (えりいた) 、形木 (かたぎ) とも称した。板材としては、古くはヒノキ (檜)
を用い、十五世紀室町時代以後は、サクラ (桜)、ナシ (梨) 、ホウ (朴) 、細密面の場合には
ツゲ (黄楊) を使用したが、サクラが普通である。

 

ニ七 The Rokkasen

 

明治二七年 (一八九四) 刊 一冊
秋山愛三郎編 袋綴 表紙六歌仙の絵あり 用紙縮緬 (ちりめん) 紙 19.8×25.2cm 七丁
外題 釈色絵入縮緬表 明治二七年秋山愛三郎刊 本文六歌仙の歌に英文の翻訳あり
ちりめん本

 印刷された絵を押し揉んで、あたかも縮緬 (ちりめん) 布に描いた絵の如き感じを出したも
の。英・独・仏文があるがいづれも日本文を併用したり、或は日本の物語等の要約版が主であ
る。

 

二八 グーテンベルク「四十二行聖書」

 

一四五二年頃刊 原葉一枚

グーテンベルク「四十二行聖書」
 活版印刷の父、グーテンベルクの印刷したもので、一四五〇〜五五年にかけて完成し、一〜
九頁が四十行、十頁目が四十一行、以後四十二行となっている。大きさは縦42cm、横30.5cmのフ
ォリオ (二つ折) 版で、本文は二段組、総数六四二葉、これに目次四葉を付し、上下巻に分れ
ている。使用活字は当時の代表的な書写本に範をとったゴシック体で、大きさは今日の二十ポ
イント大にあたる。印刷全部墨刷で、行の始めの頭文字は、後から手彩色するため空白となっ
ていた。印刷部数は二百十部、内、百八十部は紙刷本、残り三十部は、パーチメント (羊皮紙)
に印刷したものである。用紙は手渡きで、星とブドウの房を配した牡牛の頭の漉込みがあり、
紙質は極めて良い。現存する完本は世界で約二十二部である。
 本学で所蔵している「四十二行聖書」は、オリジナル一葉と復刻版二巻本である

 

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